ましろ blog

~自己完結型ADHD人間の生態と備忘録~

聞いたり質問したりする能力が欲しい

話し上手になりたいとは言わないから。せめて、雑談できるぐらいになりたい。

普段の私は、このブログの文体からもして察してもらえると思うけど、柔軟とは程遠い。話す内容も、さほど良くも悪くもないのに、人と距離を縮められない、相手が萎縮する、口調が固くなる、緊張させる、等々・・・。撃沈。

ただ、私は外見が「優しそう」「話を聞いてくれそう」なために、余計ギャップがあるんじゃないのかなーと思っている。

話下手すぎて、声のトーンだったり速度だったり、もうそういうレベルで駄目だったりする。あれっ?って顔されすぎ辛い。

もともと、社交的じゃないのには自覚もある。幼稚園時代から、登園拒否してたぐらいには内向的だと思う。誰かと無理に話さなくても、全然平気だった。友達ができない!ってあまり思わなかった。運よく誰かのグループに入れてもらえてた。

会話がないのは気まずいなと思いはじめたのは、社会人になってからという遅さ。

機嫌悪そうな顔をしない、外に出たら口角を上げることを意識する、それくらいしか対処方法を知らなかったし、元気に振舞ってたら「何言ってるのかさっぱり意味わかんないよね」という、ADHD由来とも思われる「脈絡と関連のなさ」が炸裂する落ち。

カウンセリングでも、カウンセラーはずーっと、私が言葉に敏感なのだと思ってか、言葉を選んで選んで話している。これは多分、私もそんな感じに話しているのかもしれない。

私は雑談が苦手。超がつくぐらい苦手。なければないで、構わないのになー!と思っている。でもそれじゃ困る・・・んですよね?きっと。色々、支障があるんですよね?多分。

ここがいまいち分かってないのはおそらく、「他人に興味がない、関心がない親」の影響かなあとも思っていて。(親のせいにして逃げてるんではなくって)

私自身はうまくコミュニケーションは取れないけどSNSもするし雑談系の生放送に参加するのも好き。とにかく、意思の疎通っていうレベルで「方法を知らない」んだなと思う。

親は地元を離れて親戚もいないところに引越ししてきて、友達もいなかった。知人はいたけど、癖のある人ばかりで、なんというか「ああ友達いない同士なんだな」って感じだった。家に来る人なんていなかったし、長電話する相手もいなかった。私の友達を悪く言うか、「あの子に比べてお前は駄目だ」って比べるかしかしない。

好かれないんだな、うちの親って。と子供心に思ってたっけ。

なんか話がまとまらないけどいつものことなのでそこは。